「明日は今日よりきっと良い日になる」と信じることの効能
目次
幸福度調査というものがある。
世界中の人たちに、「あなたは今、幸せですか?」と聞いて、「はい」と答えた人がどれくらいの割合でいるのかを調査したもの。(たぶん)※後で詳述します
この文脈でよく語られるのは、「日本は先進国で、モノもサービスも溢れてこんなにも豊かなのに、幸福を実感している人がとても少ない」ということだ。
いわゆる”途上国”と呼ばれる国の人たちが、こちらを向いて笑顔で写っている写真なんかを見たことがあると思う。
それを指さして、ホラ、日本で電車に乗ってるサラリーマン(疲れてぐったりしていてさらに酒臭い、または満員電車で眉をひそめて「会社行きたくねー」とつぶやいている、または…以下略)よりもずっと幸せそうではないか!と言う人もいますね。
あるいは、日本と比べて貧しい環境にいながらも、笑顔を絶やさず生きる人たちになんだか勇気をもらったという人もいるでしょう。とくにこの日本でしか生活したことがない人、先進国でしか育ってない人にとって、その環境を本当に理解することは難しいと思います。
とにかく、日本人てそんなに不幸せなの?と思ってしまうようなニュース、統計をよく見かける。(厳密には不幸せではないにしても、自分を不幸せと感じている人がそんなに多いの?ということ)果たして本当なのだろうか。
最新版「世界幸福度調査2018」
以下こちらより抜粋
2018年の初めに発表された調査結果によれば、順位はこのようになっている。
1位 フィジー(92)
2位 コロンビア(87)
3位 フィリピン(84)
4位 メキシコ(82)
5位 ベトナム(77)
6位 カザフスタン(74)
6位 パプアニューギニア(74)…
カッコ内の数字は純粋幸福度(「幸福を感じている人の比率」-「不幸を感じている人の比率」)です。調査は5段階評価で、「5 とても幸せ 4 幸せ 3 幸せでも不幸でもない 2 不幸 1 とても不幸」としており、「5か4を選択した人の割合」から「2か1を選択した人の割合」を差し引いたものが純粋幸福度。
なるほど。いくら幸せを感じている人が多くても、同じだけ不幸を感じている人がいれば、相殺されるということですね。幸せを感じている人が50%いて、でも不幸を感じている人が50%いたら、純幸福度はゼロということです。まぁそりゃそうか。
調査対象国は55カ国で、純粋幸福度の平均値は48ポイント。前回は59ポイントだったので、世界の幸福度は20%弱も下がってしまったということでしょうか。
今回の調査で唯一90ポイント以上を獲得した「フィジー」は、前年も1位、その前が2位、その前は1位。直近の4年間で3回も1位を獲得している幸福先進国です。
しかもフィジーの幸福度は世界平均が20%近くも下がっている状況の中、前回の89ポイントから92ポイントへと高めています。
フィジー、すごいですね。 幸せな国と言えば、なんとなくブータンの記憶があるのですが…、前ブータンの人に、「それは恣意的なものなんだよ」と言われたこともあるので、まぁなんというか、やっぱり国民の総意とか調査って、そんなもんだよな、と。
一般化し過ぎるのは、何事も危険ですね。
日本の順位はいかに
で、気になる日本の順位なんですが。
18位 日本(54) ※昨年は25位
25位 アメリカ、ロシア(50)
35位 フランス(43)
37位 イギリス、イタリア、韓国(42)
41位 ドイツ(38)
日本は前回の55ポイントから1ポイント下げるも、下げ率が他国に比べて低く、18位と善戦。他の経済先進国のランキングは真ん中から下位あたりと、幸福途上国という結果に。
意外、けっこう上じゃないですか。と思ってしまうのは、期待値があまりに低かったからなんでしょかね(笑)。当然、聞き方とかターゲットにもよるんでしょうけど、まぁまぁ幸せ!、という感じでしょうか。
何を幸せとするか、それは豊かさの差で、多少は規定されてしまうのかもしれないです。本当に困窮した状態にあれば、他人に気を使う余裕もない。自分の生命維持が第一です。でもそれがある程度保証され続けると、他者とのつながり、感謝されることの喜び、地位の向上など、あらゆる”幸せ”の形が複数見えてきます。
注目はコロンビア
おや?
と思ったのは、コロンビアの順位(堂々第2位、純幸福度87%)です。コロンビアは内戦が50年以上も継続し、国内は混沌とした状態だったと記憶していたからです。
50年以上も内戦が続くって、サラッと書いてありますけど、大変なことです。人生の半分以上、危険な紛争、死と隣り合わせの状況が続くんです。
地球の裏側では、戦争なんて無関係だと、幸せそうにのんびりと生活している人たちが何億人もいるのに。それが当り前じゃない人たちが、こんなにも長く、苦しめられてきたんですね。
が、最近ではその内戦が落ち着いて、外資企業の投資も容易になり、経済は好転しているとのこと。治安があまり良くない地として有名なコロンビアも、こうして改善に向かっていくことだってあるんだ。そう実感しました。
「明日は今日よりきっと良い日になる」
幸福を語るにあたって、”未来へ期待できること”は大きいのではないかなと思います。例えばコロンビアは、今は日本と比べればインフラも経済も整っていないでしょう。だけど「幸せだ」と感じる人はたくさんいる。それは、きっとより良い未来が期待できるから。今よりももっと幸福な未来が待ち受けているのだと、胸を高鳴らせて一日を生きているから。
豊富な資源、豊かな生活が恒常化すれば、「今よりもっと良く」なって、一体何がしたいのか?自らが望むことなのか?それらが分からなくなって、麻痺してしまうこともあります。
お金だけを求めることはある意味正解で、ある意味間違っているようにも思います。”お金がなくては保証されないもの”は確かにある。でもそれだけがすべてではないのだと、お金を手にしてようやく気付くことが出来る。
なので「あいつは金にしか目が行ってない」って感じの人も、お金の先に何がしたいか、みたいな部分まで見てあげないといけなくて。お金も、やっぱり幸福を得るための一つの手段ですね。
自分にとっての幸せって、定義することが難しい。
あなたと私の”幸せ”はきっと違うし、今の私にとっての”幸せ”は、10年後の私の”幸せ”とは異なると思う。男女、年収の差、学歴、国籍、年齢、さまざま違う私たちは、それぞれの幸せがあっていい。
その幸せを一つひとつ噛みしめながら生きていれば、幸せがたくさん蓄積していく。そしてまた次の”幸せ”を求めていける。
今日はいくつの幸せに出会えたかな。
桜が咲いてた、天気が良かった、待ち合わせに間に合った、字が上手くかけた、なんでもいい。ふふっと思わず口角が上がってしまう瞬間が、きっとあった。
ちなみに、誰も「明日の方が今日よりも良い日ですよ」とは言ってないです。そんな神様みたいな役割やってる人は、まぁたまにいますけど、あんまりいない。ほぼいない。
でも信じるのはタダなのです。しかも自分で出来ることなのです。今すぐにでも。期待するのは、信じるのはタダ。信じた分だけガッカリしちゃっても、そこからまた跳ね上がる振れ幅も倍増するんです。
明日はどんな幸せが待っているのかな。
このワクワク感を忘れないで生きていくことは、あなたの人生の豊かさにきっと繋がるのではないかと、桜を見てふと思ったのです。