アンダルシアの犬

Un Chien Andalou

心の中にあいみょんを飼う


4月がジェットコースター並みの速さで過ぎ去りつつある。そして休日の素晴らしさ、晴れていること(洗濯物が乾く)のありがたさをひしひしと感じる。あぁ、今日も今日とていい休日だ。

 

 

 

ぽけっとして朝コーヒーを飲んで、スマホやら本やらを眺めてゴロゴロして、音楽かけたり近所のパン屋さんへ行ったりして過ごす1日はとても素敵だ。

 

 

 

いや、正確にはスマホは速度制限がかかっててあんまり見れないし音楽はお隣さんのご迷惑かなと思うのでかけないしパン屋さんは高いから行かないんだけどね。それでもいいんです、うん。

 

 

 

私はずっと社会人になりたいと思っていた。まぁ放っておけば大体の場合は社会に出るはずなのだけど、早く稼げるようになって、自立したかった。

 

 

 

その気持ちは学生時代には焦りに変わった。与えられているのは4年しかない。あと1年でも伸ばせば、それだけ親に負担をかける。だから必死でやりたい事を追いかけて、経験の果実を貪っていた。

 

 

 

学生を終えるときは社会人になれる!と思って泣いたほどだった。あー、よかった。まじ長かった〜〜!自分でメシを食い、着るものを洗 って干し、住宅の金を払い、日々生活をする。なんてこと。嬉しい、嬉しい。この嬉しさを誰かと分かち合えないのがとてつもなく残念でならない。伝わってるかな、この感動が!!!!

 

 

 

 

学生時代にボランティア的に動きすぎて、自分の労働に金銭的な対価が発生することにも、どうにも嬉しさが込み上げてきてしまう。うわ、こんなんでお金くれるの?!まじで?????!!!!まだ何にも貢献してないのに????!!!!という感じである。まぁこれからなのだが。

 

 

 

とは言え、前途洋々とはいかなくて。ずっとこのまま同じ会社に勤めるのかナァとか、親孝行ってなんだろうナァとか、婚活しないといけないかしらとか、隣の住人がうるせえナァとか、諸々と考えることは多い。

 

 

 

特に仕事とライフプラン。仕事はまずもって同じ企業に勤め続けるとかほぼ考えてないし(勤めたとても副業的に何かするだろう)、ライフプランは…えー、あと80年近くも生きるのか…老後とかどうしようかなぁなんて考えてしまう。(老後じゃなくてもホラ10年20年後とかサァ)まぁすぐに何か行動を起こすつもりは、今のところはないんだけどね。

 

 

 

「結局のところ君はさ、どうしたいの?」と、心の中であいみょんがずっと問いかけ続ける。あー、私はどうしたいんだろう?もうすでに五月病にかかりつつある感じだけど、この不安は常にあるので私は万年五月病ということなのだろうか。

 

 

 

でもこういう事って、考えるの大事じゃない?そう思わない?そうでもない?心の中にあいみょんを飼うの、割とおすすめだけどな〜〜。


あなたとの出会いにありがとう。またいつか。