「食欲が止まらない」ときに考える、自分の"欲"のバランスについて

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何はともあれ食欲の秋である。

 

 

 

ほくほく栗ごはん、あったかい焼き芋、栗の渋皮煮、スタバのかぼちゃフラペチーノ。あぁ秋ってなんて素敵なの。あのクッソ暑い時期を乗り越えた私たちには、たくさんのご褒美が待ち構えている。

 

 

 

食欲の秋。この言葉を考えた人まじで天才。これほど的確に季節と人間の行動とを捉えて表現しているものはない。いや、もしかして"食欲の秋"という言葉があるから、私たちは秋に美味しいものを食べたくなるのかも。

 

 

 

まぁともあれ。"食欲"は、全ての人に与えられている、人間の根本的な欲求のひとつだ。3大欲求とよく言われるのは、食欲、性欲、睡眠欲。これらはみーんな持ってるものだから、まぁビジネスにもなるしある程度理解し合える。

 

 

 

私は前まで、ムショーーーーに食欲があるときは、本当にどうすることも出来なかった。ただただ食べる。食べ過ぎるのである。

 

 

 

そして罪悪感が生まれて、頑張って吐こうとしたり(そして失敗する)、異常なダイエットをしたりしてた。今はそんな事なくなったけれど、当時はキツかったなぁと思う。摂食障害の1歩手前みたいな感じ。原因はよく分からない。

 

 

 

でも今考えると、欲のバランスが上手く調節出来ていなかったんだろうなと思う。食べることで満足を得ることしか頭になかった。感じていたストレスとか違和感の逃げ道として、食欲を選んでいたということだ。

 

 

 

というか当時は中学生とかだしな…さっきの3大欲求で言うと、睡眠欲or食欲の占める割合(満たされる割合)は大きかった。摂食障害とかが起こるのも、ごく普通のことだと思う。

 

 

 

欲の種類は、ライフステージで増えていく気がする。というか、人生は自分の欲を満たすものを探す旅でしかない。

 

 

 

承認欲、達成欲、顕示欲、防衛欲、支配欲、服従欲、排泄欲、回避欲、認知…。3大欲求だけじゃない。本当に、私たちは欲にまみれている。なんていうと、ちょっと厭らしい感じがしてしまうけれど。

 

 

 

人の数だけ欲の種類とバランスがあって、それらを満たす手段も無数にある

 

 

 

例えば承認欲求を満たすために髪を染めて目立って注目を集めても良いし、誰かに自慢できるような素敵な恋人を作っても良いし、ただただSNSのフォロワーやいいねを増やしても良い。何しても、別に良い。きっと良し悪しなんてない。ただ、「自分にとってちょうど良い心地よさ」と出逢えたとき、多分私たちの欲は本当に満たされているんだと思う。そこに少しでも違和感を感じていたら、その”手段”は続けない方がいい。

 

 

 

もし、かつての私に会ったとしたら。「ひょっとすると食べ物に固執しなくても良いのかもよ?」と笑って声をかけてあげたい。ああ、食欲の秋を満喫できるって幸せ!今日は何を食べて生きようか?

コスメティックブランド『shiro』はなぜ現代女性に愛されるのか?北海道発"日本らしい"シンプルライフの理念

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「この香りを嗅いだらほっとする」そんな自分だけのお守りのような香りがあるだけで、忙しい日常からふっとどこかへ遠くへ飛んで行けるような気がする。

 

 

 

五感の中でもつい蔑ろになっちゃうけど、やっぱり香りってとても大切。私がそう思うようになったのは、シェアハウスに住んだ時に「他者の匂い」を強烈に感じたことがきっかけだった。

 

 

 

”生活臭”って、誰でも発しているとは思うのだけど。今まで感じたことがなかった、誰かに自分のテリトリーを侵食される感覚が、ひどく居心地が悪かった。友達の家に行くと感じる、あの独特な匂いと同じだ。

 

 

 

でも自分を守ってくれる、包み込んでくれるような香りがひとつあるだけで、全然違う。安心して背中を預けられる存在の有り難さは半端ではないよな、まじで。

 

 

 

そんな私の大切なお守りのひとつが、shiroというコスメティックブランドのサボンという香り。SNSでバズったりして有名になったこの名品とは、もう5年くらいの付き合いになる。

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shiro サボン 練り香水 | shiroオンラインスト

 

 

 

 

きっかけは、高校時代の超スーパーハイパーミラクスペシャル美人な先輩のインスタだった。「美しい人が使ってるものを使えば、私だって美しくなれるかも…!」なんて馬鹿げた勘違いはみんな引きずって生きてるもので、気づけばお店で実物を手にとる自分がいた。

 

 

 

そこからずっと、shiroというブランドを見てきた。

 

 

 

美容にアンテナ張っている子なら分かるとは思うのだけど、shiroは少しずつ事業をスケールさせている。最近だとカフェやってたり、生活雑貨にまで手を広げていて。もうすでに確立されたブランドではなく、「リアルタイムで成長しているコスメブランド」という印象だ。

 

 

 

どうして、shiroは支持されるんだろう。

 

 

 

最近のshiroの勢いを見て、どうしてもその理由を知りたくなってしまった。きっとそこには、理由があるはずだと直感的に思ったから。

 

 

 

 

shiroとは

 

株式会社ローレルが提案するコスメティックブランド「shiro」。株式会社ローレルでは商品の企画、開発、製造、販売のすべてを社内で行っているそう。

 

 

 

商品全体を通してのコンセプトは「自然の素材をシンプルに」。2009年札幌ステラブレイスに1号店オープン、2014年10月に表参道本店がオープン。最近は街のあちこちで本当によく見かけるようになりました。

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shiroの根底にある考え方



スキンケアブランドとして始まったのでラインナップの中心は化粧水・乳液やハンドクリーム、香水等ですが、最近はメイクアップ商品や生活用品にも力を入れてきています。また、2017年には本拠地である砂川に続いて自由が丘にもカフェをオープン。ジャンルにとらわれない成長っぷりです。

 

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自由が丘のカフェにはshiro製品がズラリ。



  

shiro誕生まで

 

shiroは北海道の砂川市というところで生まれました。いやどこやねん、って私もこの記事書くまで正確な位置とか全然知らなかったです。 北海道の、真ん中からちょいと左くらいのとこ。

 

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調べてみると、もともと北海道で農業を営んでいた先代社長(現社長の前にいたのかな?)がラベンダーなどのハーブを育て、香りや食品のプロダクトを手がける中で「素材そのものを生かしたスキンケアブランドを作りたい」と思って始まったようです。化粧品事業は2000年にスタートしています。

 

 

 

当時はOEM(他ブランドの製品を作ること)が中心というから驚き。無印良品など、100以上のブランドを相手にスキンケア製品を作っていたらしいです。

 

 

 

でも少しずつ、「自分たちが毎日使いたいものを作りたい」という想いから自社ブランドへの動きが生まれ、2009年にオリジナルブランドとして「ローレル」が生まれました。これがshiroの前身に当たります。

 

 

 

そして海外展開が視野に入ってきた2015年のタイミングで、リブランディングという形で新しくついた名前が「shiro(シロ)」。日本語を入れることで、多分”日本”が提案する、自然素材を使ったコスメブランドを強調したかったんだと思います。あくまでもアイデンティティーは日本にあると。その意志を強く感じます。

 

 

 

自然の素材でモノづくり

 

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 shiroの特徴はやっぱり、”自然の素材”にこだわってること。商品名だけでも、”酒かす”とか”かごめ昆布”、”ルバーブ”など、こだわりが垣間見えると思う。北海道という自然豊かな環境で生まれたブランドだからこそ持てる視点だ。

 

 

 

私の大好きなフレグランスラインだって、人工的な印象は皆無。自然由来のほっとする香りだからこそ、多くの人に愛されているはずだ。

 

 

 

「グローバル展開しても、北海道に税金を収めたい」代表の今井社長は、そんな想いで活動をしているという。オーガニックコスメというと海外製品が目立つけれど、日本にもこだりの商品を展開しているブランドがあることを実感させられる。 

 

 

 

海外セレブが良いと言ったものを闇雲に信じるのではなく、いま目の前にある自然や豊かさに注目して、そこから身の丈にあった良さを追求する。shiroが提案しているのは、シンプルで落ち着きのある生活だ。

 

 

 

ふだんの生活にひそむ、自分自身が当たり前に持っている素材の良さを信じたい

shiroが支持されているのは、今を生きる女性たちの奥にある、そんな想いを突いているからなのかもしれないと思った。

 

 

 

おわりに

 

生活の中で「ああ、素敵だな」と思う商品って、あるじゃないですか。

 

 

 

それはなんというか、ダイソーとかセリアで売ってるような物ではなくて。一つひとつ、丁寧につくられたもの。モノの背景が、ぱっと目に浮かぶような。

 

 

 

そういった商品、ブランドには、ちゃんと"人間らしさ"がある。"人間臭さ"と言った方がいいのかも知れない。やっぱり人はバランスが取れた視覚情報が好きだったり、手触りの良いものが好きだったり、する。そういうのは変えようと思って変えられる部分ではないんだと思う。

 

 

 

そういう商品の裏側をもっと知りたいし、発信したい。「素敵」の基準は人それぞれで良いけれど、きっと共通する何かがあるはずだ。

 

 

 

届くのは、たった1人にでもいい。その人の生活にほんのりと光を当ててくれる"モノ"との出会いが、もし自分の紡ぐことばから生まれたら。そんな幸せなことはないなぁ、と思っています。

 

(shiro公式HPはこちら)

shiroオンラインストア [シロ]

 

 

(写真は以下よりお借りしました)

locari.jp

 

 

(参考)

madamefigaro.jp

https://beautytech.jp/n/n5fa822ed2202

自立とは、ググる力を持ってること

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4月から社会人かぁ、なんてぼんやり考えている。”学生”から”社会人”という肩書きに変わるに当たって、「いや、別に大して変わらんだろ」と思う反面、「いよいよ私も社会人なのね!えっへん!」という気持ちがないわけでもない。大人と子ども、学生と社会人、なんて、人間が作った適当な境界線でしかないけど、少なからず人の心に大きな変化をもたらすらしい。

 

 

 

私は、結構自立という言葉で自分の首を締めてきた気がする。それは多分、親が貧しかった影響が大きい。

 

 

 

「自分は大学に行けるんだ、恵まれてるんだ」

「自立しなきゃ、頑張らなきゃ」

「社会人になるまで、ちゃんと自分のやりたいことを見つけなきゃ」

 

 

 

こんな焦りで、学生時代をひた走ってきた。休んでいる暇はない、もう全力疾走である。給水スペースを蹴散らしてひたすらに走っている傍迷惑な猪でしかなかった、まじで。

 

 

 

でもそのおかげで、大学卒業を控えるいま、自分のやりたいこと、一緒にいたい人、目指す大人像、みたいなものがハッキリしている。体調を崩したり躓いたり泣いたり笑ったりしながら、もがいてきた。それは、自立するためであり、自分で満足のいく生活を営むためだったんだと思う。

 

 

 

でも、自立するって何だろう?一人暮らしをしていたら、社会人になったら、それは自立と呼べるのだろうか?私は今、自立してないのだろうか?

 

 

 

私自身、そんなの分からなかった。というか、こういう問いは、多分永遠に答えなんて出ないことをわかっていて、それでも考えてしまう類のものだ。「人生に意味なんてあるのか」とか、そういうのはつい考えてしまうものだ。考える人自身の生きてきた経験や知識に大きく左右されてしまうけれど、人それぞれ、という一言では終わらせたくないんだろう。

 

 

 

一般化しやすいのは、経済的自立と、精神的自立の2つ。前者は自分が生活できるだけのお金を稼ぐこと、後者は誰かに極端に依存することなく生活ができること。これをクリアしてしまった人は、一応自立していると呼べる、ような気がしている。

 

 

 

実際、「ここから先が自立ですよ」という線なんてない。「20歳から先が大人ですよ」と言われて、「3、2、1…はい、おめでとうございます!大人の始まり始まり〜!」と変わるわけじゃないのと同じ。多くの大人は、「え?まぁ多分、自立してるんじゃないですかねぇ…」くらいの感覚でいる気がする。

 

 

 

 

自立という言葉に付随してパッと思いつくのが、この言葉だ。

 

 

自立とは、依存先を増やすこと

www.univcoop.or.jp

 

 

依存先を増やせること、頼れる先を持っていること。それが自立だという。この言葉は結構有名で、自立という言葉を目にすると自然と思い浮かんでくる。

 

 

 

でも依存先を増やす、って結構重くない?とか思ってしまう。自立しなきゃしなきゃ!みたいに焦ってきたから、もっとラクに考えたいと思ってしまう私のエゴのせいだろうか。

 

 

 

今の時代、何かしんどいことがあった時、分からないことがあった時、大抵のことは検索すれば出てくる。特に若い世代はそれが当たり前になっているから、Google先生に聞いてみれば、大抵のことは解決するなと思ってしまう。

 

 

 

この「検索できる力」みたいなものは、そんなに変わらないように見えて、人それぞれ違うものだと思う。検索できるということは、自分なりに問いを見つけて、それを言語化する作業が伴う。特定の単語が分からなかったら単語のニュアンスを考えるし、日本語で得られない情報なら英語とか海外のサイトへ飛ぶ。簡単な作業のようだけど、工夫一つで大きく変わる。そこでたどり着ける情報源の質や量によって、その人の人生にじんわりと影響を与えている気がしてならない。

 

 

 

たぶん、私にとっての自立は「問いを立てて、追求できること」だ。問いを追求し続けていれば、自然と人との交流が生まれていく。だって自分の経験や考えの範疇だけで解決しないことの方が多いじゃない。そういう場合、他者を頼ることが必要不可欠になってくるはず。「自分で立つ」ということは、その二本の脚でどこまででも行くことができるということだ。

 

 

 

経済的に自立している、とか、そういうのも重要だけれど。「自立」という言葉の先にある真意はそれだけじゃない、ということは多くの人が気づいている。私にとっては、問いを立てて追求できること。めちゃくちゃラフに言えば、「ググれる力」だ。

 

 

 

Google先生に聞いてみよう。分からなくても大丈夫、みんな最初は初心者なんだよ。分からないこと、不安に思うことを恥ずかしがらずに、ちゃんと正直になれることって大事だ。そりゃ、Google先生も完璧じゃないし、別にGoogleだけに拘る必要はないけれど。完璧な答えなんて探す前に、行動してみる。私が後悔のない4年を過ごせたのも、「やりたいことってなんだろう、私は何がしたいんだろう」という問いを立てて追求する、自分なりの「自立」がある程度出来ていたからだと思う。

 

 

 

人それぞれの、色んな要素が混ざり合った「自立」があっていい。ある部分では自立できてたり、他の部分ではできてなかったり、そんなのも日々変わるはずだ。私自身、学生生活にある程度満足してるからといって、自立できてるとは中々言えない。

 

 

 

完璧に「私、自立した!」なんて声高に言えるのは、まだまだ先のことになりそう。でもいつか自立したと自覚したときに、またこの記事を読み返したい、なんて思ったりした。

 

 

 

初めてお題に沿って書いてみたり。日々思ってることを掘り起こす感覚がしました。たまには良いかもしれないなぁ〜☺︎