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人より少しだけ早い、親の「老い」や「死」との向き合い方


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私の父は今年の3月、正式に退職をした。つまりずっと、父が家にいる生活が始まったのだ。

 

 

 

高校生くらいからじわじわと感じていた両親の「老い」が、少しずつ少しずつ大きくなって、膨らんできてしまった。いわゆるボケの始まりだった。

 

 

 

母がお昼を用意していても、お昼ごはんを買って来る。「お風呂入ったの?」と風呂上がりの私に声を掛けてくる。「明日の天気は?」と、天気予報を毎日見ても聞いてくる。ごはんを食べたことを忘れて、また食べる。ひとりごとが増える。毎日毎日、よくそんなに寝れるな、というくらい寝ている。

 

 

 

ああ。

 

 

 

もう「そういう段階」なんだって。思っていた以上に、それまで考えていた以上に、その状態が苦しくて悲しくて、涙が止まらない。涙と頬と、胸のあたりが熱くなった。

 

 

 

そんな父の状態をショックに感じているのは母も同じだった。でも母の場合、怒り、イライラという形で表れている。

「なんでこんなことも出来ないんだろ」と、まるで子どもに対して言うみたいだ。そんな母を見て、ますます胸の奥から痛みが広がっていく。

 

 

 

わたしの家族

 

両親は高齢出産だった。

一人流産したという話があるから、高齢になってしまったのも仕方がないのだろう。流産してなかったら、私は生まれなかったのかも知れない。

 

 

 

我が家は4人家族だ。

今年で姉は27歳、私は22歳になる。そして父は68歳、母は63歳。私を生んだ歳の両親の年齢は、父が46歳、母が41歳だ。

 

 

 

父は65歳で定年退職をして、その後も今年の3月まで働いていた。母はパートで今も働いている。私の学費のためだった。そんなことするくらいなら奨学金でもいいのに、両親は私に借金を背負わせないために、働いた。

 

 

 

自分の親が高齢だということは、昔はそこまで気にならなかった。確かに、周りのお母さんが美人だったり、お父さんが若かったりして羨ましかったけど、私は母も父も尊敬していたから、大丈夫だと思えた。気になった時期があっても、すぐに忘れるくらいには。

 

 

 

親が「うちの子なんて」というように、子どもも「うちのお母さんなんて」みたいな話をしたりする。「うちのお母さんは、もうおばさんだから!」みたいな話も、周りは良くしていた。私はそういう声を聞くたびに、なんだか悲しくなった。じゃあうちのお母さんはおばあちゃんか、って。結局は、気にしていたのだろう。

 

 

 

親の「老い」を強く感じるようになったのは、大学生になってからかも知れない。両親に海外旅行券をプレゼントしようと姉と企画すれば、もう65歳以上の飛行機は危険かも知れないと思い至る。旅行へ行くと両親の仲が悪くなることも、よく分かっていたのでナシになった。

 

 

 

そして父の定年、という言葉にハッとした。しかも定年を過ぎてまで働いていたから、本当はもうボロボロだったのかも知れない。父は捨てられて、15歳から働いていたから。本当に、仕事と家族のために生きていたのだろう。

 

 

 

社会へ出る者、社会から出た者

 

私はこれから社会へ出ていくけれど、両親は引退する組だ。

祖父母はもういないし、父の実家はないし、母の実家も離れている。私たち姉妹は両親をどう支えればいいか考えなければならない。

 

 

 

周りの家族は、50代の親が多くて羨ましく思えた。

だんだん弱っていく姿とか、以前から知っている「その人」が少しずつ別人みたいに変わっていく姿を、まだ見なくて済む。

 

 

 

何より、"変わってしまった姿"を、まだ見なくて済むんだ。

やっぱり周りと比較してしまうのは昔から変わっていない。

 

 

 

もちろん、世の中には親がいない人だって、もう親を亡くしてしまった人だっている。でも、こうやって「老い」が家族を侵食していくケースの方が多いのではないかと思う。

 

 

 

どうやって向き合えばいいんだろう。

姉は1人暮らしをしている。私はこの家を出たい。来年は出るだろう。

でも、ますます不安になっていく。今は現実から目を背けて、離れたい気持ちが強いけど。きっと何年か経てば、新しい痛みがやってくる。今度はもっと、もっと抉るような痛みが。

 

 

 

社会に出ることへの期待感だけ持って、未来への希望や夢を語り合って、他のことは何も気にしないような、そんな社会人になりたかった。

 

 

 

でも現実は、やっぱり上手くいかない。

まだしばらくは、泣いたり笑ったりしながら「老い」や「死」との向き合い方を探すことになるだろう。