日々のブログ

Un Chien Andalou

この世に写真がなかったら、今より一瞬一瞬を大切に出来るのだろうか

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「まじ映えじゃないこれ?」

なんていう、イマドキ感抜群の言葉が同期の口からこぼれ落ちて、なんだか居たたまれなくなってしまったのはついこの前のこと。

 

 

 

パシャパシャと写真を撮るのが当たり前になって、「おしゃれな写真撮りたいけどもはや一眼とか要るのかしら、いやプロじゃあるまいしスマホでいけるっしょ、最近のスマホは画質最強だよねやっぱりィ」みたいな雰囲気が世間に漂っている気がします。

 

 

 

昔はフィルムカメラとかがあった。そのもっと昔は、じーーーっと待ってないとシャッターを切れなかったし、カメラもむっちゃ大きかった。そのもっともっと昔は、カメラなんてものは、もちろん存在しなかった。

 

 

 

でも今は、誰でも簡単にシャッターを切れる。

 

 

 

写真というものは、基本的に"未来に残すための行為”だ。写真を撮ること自体が目的になることは少なくて(そういう人もいるだろうけど)、見返す時のために、残すものだ。雑誌の写真撮影だって読まれるために撮るのだし、インスタの写真だってLikeを貰うために撮るのだ。後で見返して「ふふふ」みたいな写真を撮っておきたいとか、そう言うのもあるだろう。

 

 

 

あとは忘れたくない風景に出会った時に、写真を撮ったりもする。写真を撮ることと忘れないことはイコールではないとしても、素敵な風景を画像として残すことで、何らかの満足感を得る。「これめっちゃ良い写真だね!」と言われたい欲求もある。

 

 

 

やっぱり、未来のために写真を撮る。イマココ、ではない。その写真を見る数秒後の自分、インスタにアップした後の友人、印刷して飾った後の家族。未来の”誰か”のために写真を撮るのだ。それは何だか、ものを書くことと非常に似ている気もする。

 

 

 

"今が大事"とか"今を大切に生きる"のような言葉が注目される割には、私たちは写真を撮ったり文字を書いたり、"未来のために"行動をしてしまう。

 

 

 

言葉を残すことも、一瞬を画像として残すことも、簡単に叶わない世界だったら私たちはもっと、今を大切に出来たのだろうか

 

 

 

そんな気もするし、そうでない気もする。今を大切にしたい私たちは、どんどんどんどん今じゃなくて未来に向けてストックしていく。

 

 

 

もしかすると、写真を撮ると言う「行為」が、「時間(今)を大切にしている」ことを体現する一つのメッセージになっているのかも知れない。「大切にする」って、とっても曖昧なものだから。何かしらの行為が伴えば、「大切にした」気になれるから。

 

 

 

まぁ、残念ながら写真がない世界を体験することなんて出来ないので、空想で終わるのだけど。写真を撮る行為は、「どうやったら今を大切に出来るんだろう?」と言う人間の問いに対する、一つの答えなのかも知れない。

 

 

 

バエもいいけど、たまにはシャッターを切るその瞬間に集中してみるのもいいのかもなー、と思ったけど、こんなん同期に言ったらめんどくさそうだから、言わないでおこうと思います(笑)。

恵まれていることは罪じゃない

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恵まれていることに罪を感じてしまう人って、意外と多いんじゃないでしょうか。

 

 

 

「ああ確かに私は幸せだね、でもそんなことで良いのかしら」と思ってしまう。たぶん、幸せの上手な受け取り方が分からないのです。

 

 

 

これって少なからず誰もが持っている感情だと思います。「悪いことが起きても、きっと次は良いことがたくさん待ってる」と思考の転換をしたりするのは、どこかで"人生は幸せなこととそうでないことが混ざってるんだ"という意識があるから。

 

 

 

ただ、これを意識し過ぎてしまうと思考の沼にズブズブと陥ってしまう。「こんなんじゃダメだ、もっと頑張らないと」と思って空回りしちゃう。そこにはたぶん、誰かと比較してしまうことも関係している。

 

 

 

自分より恵まれていない人なんて、沢山いる。何をもって"恵まれる"という言葉を使うのかによって異なるけど、比較しようと思えばいくらでも比較できてしまう。

 

 

 

日本という国に生まれて、育てられて、親がいて、学校に行けて、友達がいて、恋人がいて、お金に困らず、仕事もあって、毎日が辛くも楽しくて、生きている。

 

 

 

紛争地に生まれて、頼る人が誰もいなくて、親が亡くなり、学校にも行けず、友人もいなくて、恋愛もできなくて、お金のために働いて、毎日が辛くも楽しくて、生きている。

 

 

 

簡単に比較が出来てしまう。多くのメディアが取り上げるのは後者の生き様なので、そういうのに感化されている側面はあるだろうけど。

 

 

 

でもよく考えると、あなたが恵まれているという事実に対して、罪はないのだ。それは、多くの人と違う道を余儀なくされた人たちに罪がないのと同じだ。

 

 

 

トラウマを抱えている人もいるだろう。昔、自分が辛い経験をしたから、上手くいきすぎると不安になる。また同じようなことが起きるんじゃないかと思って、悩んでしまう。

 

 

 

「悩むな!」と言うのは簡単。でも、きっとそれで解決はしない。個人的にですが、私はそんな不安は抱えたままでいいと思う。でも、抱えるけど、その不安をどれだけ小さくできるかを考える。

 

 

 

それは勇気を持って誰かに相談してみるとか、ブログ書くとか、日記つけるとか、占い師に会うとか、ツイッターで呟くとか、Facebook投稿してみるとか、インスタでちょっと悩んでる風に投稿したりとか、何でもいい。匿名で言ったっていいし、個人で言ったっていいやん。ただ、自分がしっくりくる不安との付き合い方を見つけようとすることが大事だと思う。

 

 

 

あー、恵まれてるなー。と、今日も思う。しんどいことも沢山あるけど、それでも生きてること自体がだいぶ有り難い。有ることが難しいと書いて、有り難い。この時代にこの世界にこの瞬間を生きてることは、非常に有り難いことだろう。

 

 

 

まぁでも、そんな大きなことを考え続けても疲れるんで。心の中で「わたしにも幸せになる権利があるんだーーーい!」と叫び続けてれば、まぁ、いいんじゃないかなと思います。

「田舎でスローライフ」は都市住民のエゴなのか?

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田舎という響きの良し悪しは、聴くひとの生まれや育ちによって大きく違ってくるんじゃないかと思う。

 

 

 

「地元とかまじでなんもないよ」

「田舎嫌い!」

「田舎にいてもやることないし」

と、いう話も聞く。そうなのか?実際、私には「田舎暮らしの辛さ」がさっぱり理解出来ないでいる。

 

 

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【長文】これからの時代を生き抜くための就活テクを遺言として残す

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就活ってまじで疲れるよなぁ。これはやった事ないと本当に分かんないと思う。

 

 

 

就活に関する議論は尽きない。生きてくための手段として"仕事"というのは、やっぱりそれなりに重みのある存在なのだろう。

 

 

 

私は全然就活が上手くいってなかったので、ネットでたーくさん調べてました。「就活 終わらない」とかで検索してた。出てくるアドバイスは確かに的確だったようなそうでないようなものばかりで、人の人生にとやかく言うのもスキルがいるんだなと思いましたね。

 

 

 

じゃあ自分がアドバイスするなら、どんな言葉をかけるだろう?とふと思って。テクニックというほど大それたものではありません。が、「就活の本とか、金かかるし買うのめんどくせー」と思うあなた(かつての私)に、ちょーっとだけ役立つかもしれないTipsです。

 

 

 

 

 

 

とりあえず、お金は貯めとこう?

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就活、お金かかるよ〜〜〜!

移動費が半端ではありません。それに、説明会と説明会の間でふらっとカフェ寄ったりしたらもうすぐお金が…。地方に住んでいる学生が東京で就活しようと思ったら、もっとかかります。人によるけどきっと10万以上は軽く…。

 

 

 

「いや、別にそんなに説明会に行かなくても」と思いますよね?でも説明会だけじゃなくて、OB訪問とか、人と会ったりとか。お金が必要なのは、その場所に行って、その人に会って、最終的に自分の目で判断するため

 

 

 

説明会にバンバン行ったから偉いとかないから別に。ただ、行ってみなきゃわからないことって多いよ、と私は思います。たった一度の決断が、人生を大きく左右してしまうのだからさ。やっぱ金は貯めといて損はない。うう、書いてて自分にも言い聞かせています…。

 

 

 

 SPIはまじで「慣れ」

主要3方式<テストセンター・ペーパー・WEBテスティング>対応】これが本当のSPI3だ! 【2019年度版】

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なんかテストみたいなのあるらしいとは聞いていたけど、実際取り組むようになったのは…えーと、5月とか?でした。おっそいです、周りと比べたら。

 

 

 

就職試験にもいくつか種類があるんですけど、自分の行きたいとこがどんなテスト出してくるか分かんなくて、後回しにしまくってました。「だって何すればいいか分かんないし〜」と言い訳つくって。笑

 

 

 

でもなんとかなった。結局は3冊くらいの本を制覇して、感覚をつかめればいけます。多分。「どうしよう、数学とさよならしたと思ったのに計算とか超苦手。確率?鶴亀算?もうだめ、終わった、諦めよう…」となるのは早計。慣れです、本当に。「あ、こんな感じね」という感覚をなる早で取りに行こう。

 

 

 

大手か中小か、くらいは決めとこ

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というのも、大手企業と中小企業とでは結構就活の感じが違うというか…。別に大きく自分を変える必要はないんだけど、企業のスタイルが違うのです。大手だと本当にスケジュールみっちり決まってて、みたいな。

 

 

 

大企業志望の友達同士で、「〇〇のWebテ受けた?先週までだったよね〜!」みたいな話ができます。でも中小〜ベンチャーだと、募集のスケジュールが出るの遅かったり、そもそもここ新卒採ってるの?みたいなとこもある。ちょっとだけ孤独になりがちです。

 

 

 

なので、就活しててまぁ大手か中小かくらいはサクッと決めたいところ。私は大手とベンチャーどっちも中期・長期でインターンしたことも手伝って、社員さんの雰囲気とかで即決できました。最後はフィーリングでも良き。「あー、こういう人ええなぁ」と思える人がいる企業に行った方が良いのです。

 

 

 

就活したことない人のアドバイスは真に受けるな

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たまにいるんですよ。いわゆる”就活”をせずに、企業に入る人、もしくは新卒フリーランスになる人、起業する人。「就活しないなんていいなー」と思われますが、いやいや、ちょっと待ってください。

 

 

 

就活には、良い面と悪い面があります。

悪い面ばかりを見ていると、確かに就活は「同じような社会人を量産する、日本独自の嫌な文化」に思われます。でも、それだけじゃないのも確か。苦しいけれど、嫌になるくらい自分と向き合う時間をくれるのも就活という制度のおかげ。

 

 

 

あなたがもし「就活をする」と決めているなら、そういった”別ルート”の生き方をする人たちの就活に対するアドバイスは、あまり有用ではありません。生き方とか、考え方だったら、確かに聞いておいて損はないでしょうけど。

 

 

 

ただ単に、「就活なんてしたくない!」みたいなスタンスで、とりあえず社長になったり、フリーランスになったり、フリーターになったり、実際色んな人がいます。(ホントにいるよ!) でも、就活の負の面にとらわれていると、自分の人生について考えるチャンスを無下にする可能性もあります。

 

 

 

あなたに合った選択肢をして、「あん時やっぱ就活しときゃよかったわ」とならないように気を付けましょう。思っている以上に、ちゃんと動けば就活は人生の重要なターニングポイントとなります。こればっかりは自分で決めないといけませんが…。

 

 

 

エージェントは使い倒せ

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就活エージェントってうじゃうじゃいます。

 

 

 

MatcherとかVISITS OBにもいるし、リクナビマイナビもエージェント制度はあります。簡単に言うと、「私に合った仕事紹介してくれない?」ってことなんですが、正直に言うとピンキリです。ちゃんとあなたに合った仕事を考えてくれる人もいれば、自分の売上(あなたを紹介した先に就職させること)だけが目的の人もいます。

 

 

 

私が就活中に出会ったエージェントは5人。3人女性、2人男性でした。ですが、その中で本当に親身になってくれた人は1人です。

 

 

 

他のエージェントは、自己分析の手伝いをしてもらって、その後さよならしました。恐らく、私の性格的にお膳立てされ過ぎると萎えるというか、「自分でやりたい」思いが強いんですよね。そのせいもあると思うので、一概には言えませんが、一応。

  

 

 

何と言いますか、「私はこの人なら、信頼できる」と思わせてくれる人って少ない。というか、そんな人ちょっとやそっとで見つかると思わないほうが良い。就活はやっぱり自分の価値観が現れます。

 

 

 

自分のモヤモヤに嘘をつくと、本当に苦しいのでやめたほうがいいです。「うーん、なんか違うんだよなぁ」と思ったら、即アウトです。時間は有限ですし、無駄なことで悩まないためにも、エージェントは利用する、くらいの気持ちがいいかと思います。 

 

 

 

あなたじゃなくても、エージェントさんはたくさん手駒(就活生)があるので、きっと大丈夫!ミスマッチを感じたらバッサリ切りましょう。サクッと。パリッと。スパッとね。

 

 

 

 

エゴサしまくって良い

 ãSearch Smartphoneãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

辛い、泣きたい、帰りたい、先が見えない、死にたい

就活、とツイッターの検索欄に打つだけで、こんな言葉で溢れてた。 私がそういうツイートを見て、「自分は一人じゃない」と思いたいからつい目に入っちゃったのかも知れないけど。

 

 

 

就活だけじゃなくて、何事も上手くいかないと色々考えちゃいますよね。そうじゃ無いと判りつつ、自分は社会から必要とされて無いんじゃないか、とか思っちゃうのが普通です。

 

 

 

そういう負の感情、吐き出すとこってあんまり無い。あまりに強い負の言葉を誰かに言ってしまうと、その人の気分を害したりしてしまう。だから多くの人は、多分自分の心にしまってしまうのだと思う。それが溢れて、SNSでの匿名アカウントに繋がる。

 

 

 

もしかしたら虚しくなってしまうかも知れないけれど。それでも、エゴサすることで少しでも心を落ち着かせられるなら、ガンガンやってこ。気になるの当たり前じゃん。エゴサする自分を嫌いにならないで。検索でも良い。苦しくなったら、ちゃんと苦しい、と叫ぶこと。きっとこういう作業も、社会人へのステップの一つなんだと思う。

 

 

 

おわりに

 

「”就職活動”と聞くだけで嫌になる」 

今の学生ってだいたいこんな感じじゃないですか?少なくとも、私にはこう感じてる人がとても多い実感がある。

 

 

 

でも私は、思ってたよりはずっと楽しかったというか、大事な時間だったなぁと思っています。未来と向き合う時間を強制的に作ることは、まぁ良くも悪くも20年ちょっと生きてきた真っさらな自分を直視する必要があります。とても苦しいし辛いけど、楽しくもあり、新しい気付きもあります。

 

 

 

それに、「自分のやりたいことは?」「一緒にいたい人は?」「大切にしたい価値観は?」という自己分析的な問いって、就活の時期にやればそれでOKといったものでもない。息をしている限り、多分ずーっと付いて回るものです。「就活だ!」って意気込むのも良いけど、それも手段の一つであると思っておくだけで、心持ちが違うのではないでしょうか。

 

 

 

個人的にはずっと就活してる感覚が抜けません(笑)。いつも「この人の生き方良い!」とか「この企業の活動、やっぱ素敵やなぁ」とか、考えてる。そういうのは別に、就活終わったからと言って止める必要はないしね。

 

 

 

ダイジョーブ。人も、環境も、仕事も、モノも。求め続けていれば、きっといつか巡り会える。

ということで、遺言は終わります。


あなたとの出会いにありがとう。またいつか。