ことばに咲く。

色々模索しながら生きてます




君の履歴書は誰も添削することができない


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日本の4年制大学卒業を控える、若者の就職活動はとても不思議なものです。

なんといっても大学4年生は一斉に「ヨーイドン」と就職活動を始めるのです。人によってばらつきはあるけれど、大体3年の夏〜4年の春の間にスタートダッシュを切ります。

 

 

 

 

また、大体みんな同じ格好をして面接や説明会に挑みます。

男性は真っ黒のスーツにピシッと決めたネクタイ、革靴、清潔感のある黒髪と腕時計。女性はこれまた真っ黒なスーツにストッキング、撫で付けた黒髪、そして薄めの化粧。この際に着用されるスーツは"リクルートスーツ"と呼ばれ“リクス"と略されることもあります。

 

 

 

そして特筆すべきは、なんといっても「履歴書」ではないでしょうか。

 

 

 

学生たちは、大学から指定された履歴書を生協などで購入して使ったりします。自分でデザインし、あれやこれやと試行錯誤してレジュメを作り上げる海外とは異なり、定型が用意されているのです。

 

 

 

そして顔写真は必須です。

イケメン、美女が有利になることは目に見えていますし、肌の色が違えば確実に(良くも悪くも)人事担当者の目に付きます。

 

 

 

なんかの研究で、丸襟よりVカットのシャツを着た人の方が採用率が高いというものがありましたように(バイリンガルニュースで紹介されてた研究かな)、人は無意識のうちに様々な要素を加味してしまいます。

 

 

 

日本では、スキルだけでの勝負は無理なのです。「スキルが同じなら、やっぱり美人と一緒に働きたいよねぇ」という、悲しい本性が深層心理にあったとしても、それが普通にまかり通るのです。ほんとクソだよな。

 

 

 

「まぁ結局人は見た目が100パーセントだよね、仕方ないよね」と納得してしまうのも日本人的であるように思われます。そこに反骨心があっても、淑やかに受け入れて図太くどす黒い気持ちを育み続けるしかない、ええ。やはり日本人のこういった側面は精神的に病みやすいのだと思います。

 

 

 

そして、履歴書には「自己PR」というものがあります。大抵は"学生時代に力を入れた事"について書きます。これは"ガクチカ"と略されることもあります。この辺りにも日本の就活の闇を感じるよなぁ…。

 

 

 

このガクチカは学生にとって非常に重要です。 生まれてから小中高大と進学してきた経緯や部活動、課外活動などを洗い出して、自分の出来る部分を強調し、アピールすることができるためです。

 

 

 

しかし採用担当者はそんなガクチカを腐るほど見てるため、テキトーに書いていてはバレます。10分そこらで思いつくガクチカは所詮その程度。バサッと切り落とされて益々のご活躍をお祈りされるだけです。

 

 

 

学生たちは美しいガクチカ、最高の履歴書、あるいは完璧な面接の受け答えを作り上げるために、先輩やキャリア支援センターの教員にすがります。そう、履歴書を見せて添削してもらうのです。

 

 

 

ですが、自分が書いた文章を誰かに書き直してもらうということは、もはや自分では何も書いていないのと同義のように思われます。

 

 

 

そんな感じで私は自分の履歴書を添削してもらうことだけは避けていました。

「なぜ私が書いた文章を、どこの馬の骨とも分からんやつに書き直されなきゃならんのだ」と思うからです。随分強気だなぁオイ。

 

 

 

謎すぎるプライド…。アフィリエイトも有料商材もアドセンスもなく、ただ淡々と思ったことを綴りたい、反応なくても問題ないんだけど反応があったらあったでめっちゃ嬉しいよね、というスタンスでブログをやってるだけの事はある気がします。勝手にやってるだけなんですけど。

 

 

 

どのエピソードを抽出するかの相談とか、文章構造に対する指摘ならまぁ分かります。だけど、「ここの言葉もっとこうした方がいいよ」とか「こんなのどう?!」みたいなのはやめて欲しいなぁって。

 

 

 

だって数え切れないほど多くの言葉から一つひとつを選び、自分の頭で考えた分析と経験を小さなスキマに凝縮して紡ぐ過程にこそ、その人の真の性格が現れると思うから。

 

 

 

背伸びし過ぎて就活してると、就職した後から辛くなってしまう。だから今の自分を知るという意味でも、自分で自分の思考を言葉にすることは重要なはず。

 

 

 

どういう言葉を使うのか、それはあなたがあなたを物語る一番のアピール材料だと思う。もし「なんか上手いこと言えんなぁ」と思っても、これからの伸び代がめちゃくちゃあるということなのだし。今考えられる力の全てをもって取りかかって欲しい。

 

 

 

要は自分の言葉を大事にして欲しいと思う。

 

 

 

口から溢れる言葉は水道水みたいで、それぞれ同じような水でも、舌がざらつく苦い水があり、とびきり綺麗で繊細な水もあり、クセになる旨みを持つ水があったりする。どの蛇口をひねっても"水"が出るけれど、その水には必ず、絶対に差がある。

 

 

 

変えようと思って、3-6ヶ月ぽっちで変えられるものではない。言葉が"溢れる"という表現通り、それはどう頑張ってもあなたを表現してしまうのだ。

 

 

 

ブログを見ていても、色んなブログにその人らしさが現れる。それはブログのUIだけでなく、何より言葉が、選ぶトピックスが、書き手自身を表現してしまうからだと思っています。

 

 

 

ケンカは自分の拳でやりましょう。自分の代わりに誰かに殴ってもらおうなんて考えないで。誰かを殴ったら自分の手だって痛いし、その痛みがあなたに責任を思い知らせてくれる。さぁ責任を持って殴りかかろう。

 

 

 

まぁ、これは就職活動の話なんですけどね。